僕がネパールの山奥の学校に物資を届けることになったキッカケや、今の活動について書いていきます。

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ネパール でダーツの旅をした。

 

僕が初めてネパールに訪れたのが約20年前のこと。

たまたま旅企画参加者が観光地ではないところに行きたいということでダーツの旅をした。

ダーツが刺さった村にバスと徒歩で訪れたのだけど、そこには宿もなく困っていたら

一人の青年が声をかけてくれて彼の家に泊まることになった。

 

 

 

ネパール の学校へ行く。

 

 

たまたま彼は小学校の先生をしているということで翌日、行ってみることにした。

そこで驚いたのが彼が通っている学校は彼の村にはなく山奥を徒歩2時間かけて歩いたところにあった。

 

 

辿り着いた学校は、学校と言えるレベルではなく、掘っ建て小屋という感じだ。

僕は衝撃を受けた。

 

学校に通う子供たちも最大徒歩2時間かけて通っているそうだ。

小さな子供たちが険しい山道を徒歩2時間ってありえないレベルだ。

 

軽い気持ちで学校に来たけど環境の酷さに衝撃が大きすぎて絶句だった。

でも初めて訪れた僕たち外国人に子供たちは興味津々。

 

 

僕は何ができるだろうかと考えカトマンズに戻り文房具を子供の人数分集めて

再度、バスと徒歩で学校へ行った。

 

そこで一人一人、子供たちに買って来た文房具や遊具を手渡しで届けた。

 

 

その時の子供たちの満面の笑顔が忘れられず年に2回、1999年ぐらいからネパールのいろんな村へ物資を届ける活動をしています。

2012年までは僕が営んでいた雑貨カフェCHOUTARAの売り上げから資金を捻出し年間3000人ぐらいの子供たちに届けることを使命にお店を継続して頑張って来た。

 

 

お店を閉店した今、支援できる人数は年間1000人ぐらいと少なくなったけれど自分にできることをしていけたらと思い継続しています。

ネパール 大震災が発生し何ができるか考える。

 

2015年4月25日11時56分にネパールの首都カトマンズ北西77km 付近、ガンダキ県ゴルカ郡サウラパニの深さ15kmを震源として大きな地震が発生した。

僕は当時、アフリカを旅していて地震のことを知ったのは2日後。Facebookを開くとネパールの友人たちから、たくさんのメッセージが届いていた。

みんなから震災で被災し助けて欲しい。村中の家が全壊している、学校も全壊。友人ディルガの経営する二つのレストランも全壊と半壊し、彼の住居も全壊。

 

 

メッセージをもらった全ての人に支援をしたい。

しかしながら、僕にそんな資金もなく、インターネット環境も悪く、今できることは限られている。

2015年5月1日、アフリカ旅行中にチョウタラ基金の立ち上げを決意。

基金を作ることで何かしら支援ができると思い友人知人に声をかけ、ホームページを作れる人、口座を作り管理できる人、実際に支援金をネパールに運び物資に変えれる人、言語通訳ができる人、告知できる人、募金活動できる人などが集った。

 

6月中旬ごろから雨季に入るネパール。それまでに全壊した家々に屋根を届けることを目標に、みんなでできることをした。

基金を作ったことがなく誰一人ノウハウがなくどうしていいかわからなかったけれど

なんとか雨季までに山奥の二つの村、約80軒分の家々に屋根材(スティールフォイル)の届けることができた。

 

届けた後、村人からの感謝のメッセージ

 

 

 

チョウタラ基金の今後について

 

 

山村支援後、次に僕たちがしたことは学校支援。たくさんの学校が半壊、全壊し緊急の助けを求めていた。

 

 

僕らの予算は限られていて支援できることは少ない。

正直、学校再建するには想像以上の予算が必要で難しいので、予算内でできる支援をすることにした。

まずは震災で全壊した村の学校の教員室再建。

 

 

あとは被災した子供たちへの支援。僕が震災以前から行なっている文房具や遊具を届ける活動へ移行。

毎回、行ったことのない支援の必要な村の学校へ物資を届ける活動をすることに。

 

将来的な話だけど僕がしたいことは、チョウタラ基金の活動を無償でサポートしてくれた友人ディルガのレストラン再建。

彼は経営していたレストランが震災の影響で閉店することになった。

彼の住んでいた家も全壊。もし震災当時、家にいたら彼は、この世にいなかったかもしれない。

 

写真は彼の営んでいたレストラン跡地。

 

彼からは震災後、毎日のように余震が怖い助けて欲しいとメッセージがあった。

そんな彼は生活をするためにアパートを借り直しアルバイトをすることで、なんとか生活を切り盛りしているそうだ。

 

僕は彼がレストランを再建したいことを知っている。

 

 

なんとか震災前のように彼に小さなレストランでも良いので再建をお手伝いできたらと思っています。

そのレストランから次は山村の支援をリンクさせて、面白い活動につなげていけたら嬉しい。

 

僕がネパールで行いたいことは山村の学校に文房具や遊具を運ぶこと。

将来的にディルガのレストラン再建サポートを考えています。※2022年現在、無事に再スタートできています。

 

チョウタラ基金のFacebookページ(こちらで近況を報告しています。)

 

チョウタラ基金への支援(サポート)はこちら

コロナ禍で生き方を大きく変わることになり、現在ほとんど収入はありませんが、なんとか貯金を切り崩し生きております。ですので個人的な支援も少額でも本当に助かっております。

応援ありがとうございます。

世界を旅するリュウサイへの応援サポートはこちらで受付しております。

PayPay、クレジットカード、デビットカード、コンビニ振替での対応はこちらから。100円から支援可能です。
2022年05月31日まで有効
https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/0200i24rnrb21.html

年中受付可能なPayPalでの支援はこちら
https://www.paypal.com/paypalme/ryusaiogushi

みなさん本当に、ご支援ありがとうございます。

 

本当の ネパール へ。みんなで山村へ行こう。

 

僕がネパールの田舎の村へ歩いて通うようになって何年も経ちます。

ネパールには本当に困っている学校が沢山あるので僕は毎回、違う村や学校に足を運ぶようにしています。

主にタマン族の村へ行くことが多いのですが彼らのルーツはヒマラヤ山脈をこえてやってきたチベット人だそうで顔が僕らに似ていて親近感が湧きます。しかも彼は仏教徒。

 

 

そんな彼らの村々へ一緒に文房具や遊具、物資などを届けに行きませんか?

 

徒歩でしか入れない村々へ本当に必要な支援物資を届けに行こう。

きっと一生の思い出になると思います。

 

次回は2022年6月初旬と中旬に行きます。学校支援を継続するため、参加者、支援者ともに募集しております。

 

本当のネパールでの村の生活を体感できると思います。

 

 

 

 

そんな旅がしたい人、ご連絡ください。

みんなで村へ行きましょう。

 

ネパールの国民的料理のダルバート。

田舎の村は自給自足。自分たちが食べるものを丁寧に作っているので全ての素材が美味しいです。

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